[魅Can部とは]

令和6年度より、各学校の魅力となる部活動を「魅Can部」に指定し、外部人材を活用することにより、継続的な指導の実施や、活動費の補助を活用し、魅Can部の活動の幅を広げ、中学生を含む地域をアピールすることを目的としています。

小松高校では、「バレーボール部」と「経済研究部」が「魅Can部」として活動し、小松高校の魅力を発信しています。

 バレーボール部の活動の様子は、こちらをクリックください。👉バレーボール部 Instagram

 ふるさと納税について

 募集期間は、 令和7年11月7日~令和8年3月31日です。
 愛媛県内在住者からの寄附も可能とするため、返礼品はありません。

 ご賛同いただける場合は、

   全体募集ページ
https://www.furusato-tax.jp/search?disabled_category_top=1&kw=0&sst=B&prefecture[]=38&q=%E9%AD%85Can%E9%83%A8
または、下記のQRコードを読み取り、応援寄付をお願いいたします。

[魅Can部の活動]※カテゴリから「魅Can部」を選択すると活動の様子が見られます

藩主墓所清掃のお知らせ

2026年3月5日 07時00分

cleanup1 cleanup2 cleanup3

3月8日(日)午前9時に佛心寺駐車場に集合をして、藩主墓所清掃に従事するボランティア生徒を募集しています。歴史について学ぶ絶好の機会です。伊予小松藩は、江戸時代初期に一柳家の三男・一柳直頼が1万石を与えられて成立した小さな藩です。兄たちの西条藩・川之江藩が改易や減封により姿を変える中で、小松藩だけが存続しました。しかし周囲を徳川親藩や幕府直轄地に囲まれ、外様大名として厳しい監視下に置かれた「小さな藩」でした。

石高1万石、人口約1万人、家臣は約200名と、規模は村レベルといえるほどでした。大きな産業や財政改革の成功例もなく、度重なる飢饉などで財政難に苦しみ、武士の俸禄が大幅に減らされることもありました。それでも小松藩には大きな強みがありました。小さな共同体であったため、藩主・武士・農民の距離が近く、互いに支え合う気風が育まれていたのです。日頃からの備蓄や領内の状況把握が徹底されていたこともあり、享保・天明・天保の大飢饉でも餓死者を一人も出しませんでした。さらに、他藩で数千の餓死者が出る中でも、小松藩では村人同士の助け合いと藩の救済策によって危機を乗り越えています。

江戸時代を通じて、小松藩では 餓死者ゼロ・一揆ゼロ を達成。財政的には苦しくとも、領民に寄り添った誠実な政治を続けた「領民思いの藩」と評価されています。ボランティアスピリットを発揮してみんなで一緒に清掃に取り組んでみませんか!参加希望者は、8時40分に学校に集合してください。南門から現地に向かいます。